ネガティブを生む『べき思考』を和らげる:CBTで柔軟な考え方を育む実践法
はじめに
日々の仕事や人間関係の中で、「〜でなければならない」「〜するべきだ」と強く考えてしまい、それが原因で気分が落ち込んだり、不安を感じたりすることはありませんか。
このような「〜べき」「〜ねばならない」といった考え方は、「べき思考」と呼ばれ、ネガティブ思考を生み出す代表的な「認知の歪み」(物事の捉え方のクセ)の一つです。自分自身や他人、あるいは世間に対して厳格なルールを設けることで、そのルールから外れた現実に対して過度に落ち込んだり、イライラしたりしやすくなります。
この記事では、CBT(認知行動療法)の考え方に基づき、この「べき思考」がどのようにネガティブ思考につながるのかを解説し、それを和らげてより柔軟な考え方を育むための具体的なステップをご紹介します。
「べき思考」がネガティブ思考を生むメカニズム
「べき思考」は、現実が自分の内にある「べき」という基準から外れたときに、強い不満や自己否定感、不安などのネガティブな感情を引き起こします。
例えば、
- 「仕事では常に完璧であるべきだ」と考えている人が小さなミスをしたとき、「自分はダメな人間だ」と強く自己否定する。
- 「友人は常に自分の味方であるべきだ」と考えている人が、友人に少し反対されたとき、「もうこの人は自分にとって大切な友人ではない」と極端に考える。
- 「物事は自分の計画通りに進むべきだ」と考えている人が、予期せぬトラブルに直面したとき、過剰にパニックになったり、無力感を感じたりする。
このように、「べき思考」は現実との間に摩擦を生み、心が柔軟に対応することを難しくさせます。そして、その厳格なルールが満たされないたびに、ネガティブな感情が繰り返し生じてしまうのです。
自分の「べき思考」に気づくための第一歩
「べき思考」を和らげるためには、まず自分がどのような「べき思考」を持っているのかに気づくことが重要です。すぐに思いつかなくても大丈夫です。ネガティブな気分になった時、その時に「何を考えていたか」を振り返ってみましょう。
例えば、
- 仕事でうまくいかなかった時、「なぜこんな簡単なこともできないんだ。もっとちゃんとやるべきだった」
- 人との会話で気まずくなった時、「相手を楽しませるべきだったのに」「気の利いたことが言えなかった」
- 計画通りに進まなかった時、「全て自分の責任だ。もっと完璧に準備しておくべきだった」
このように、ネガティブな感情の裏に隠された「〜べき」「〜ねばならない」という考え方を探してみます。思考を書き出す習慣をつけることも、自分の「べき思考」に気づく上で非常に役立ちます。
「べき思考」を和らげ、柔軟な考え方を育む実践ステップ
自分の「べき思考」に気づいたら、次はそれを少しずつ緩めていく練習をします。ここでは、CBTの考え方を取り入れた具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:「べき思考」を明確にする
自分が気づいた「〜べき」「〜ねばならない」という考えを、具体的に書き出してみましょう。例えば、「会議での発表は完璧であるべきだ」「人前で失敗してはいけない」「常に冷静であるべきだ」などです。
ステップ2:「べき思考」が自分に与える影響を考える
その「べき思考」を持つことで、どのような気持ちになり、どのような行動をとっているか、あるいはとれないかを考えてみます。
- 「会議での発表は完璧であるべきだ」→ 過度な緊張、不安、準備に時間をかけすぎて疲弊する、失敗が怖くて発言を控える、など。
- 「人前で失敗してはいけない」→ 新しいことに挑戦できない、人目が気になって委縮する、など。
「べき思考」が自分を苦しめている側面を認識することが大切です。
ステップ3:「べき思考」は本当に「真実」なのか?検証する
自分が持っている「べき思考」が、絶対的な真実なのか、それとも単なる自分の「信じ込み」なのかを冷静に考えてみます。
- 「会議での発表は完璧であるべきだ」→ 完璧な発表とは? 誰にとって完璧? 完璧ではなかったらどうなる? 少しくらい不完全でも、伝わることはないか? 他の人の発表はいつも完璧だったか?
- 「人前で失敗してはいけない」→ 人は誰でも失敗するのではないか? 小さな失敗であなたの価値はゼロになるのか? 失敗から学ぶことはないのか?
このように、自分の「べき思考」に対する「反証」や「例外」を探します。証拠を集めるように考えてみると、意外と「べき思考」が絶対的なものではないことに気づけます。
ステップ4:より現実的で柔軟な考え方を探す
「べき思考」に代わる、もっと自分を楽にするような、柔軟で現実的な考え方を探してみましょう。
- 「会議での発表は完璧であるべきだ」→ 「今回の会議の目的を達成できる発表を目指そう」「伝えるべきことが伝われば十分だ」「少しくらい不完全でも大丈夫だ」
- 「人前で失敗してはいけない」→ 「失敗することもある。大切なのはそこから学ぶことだ」「完璧でなくても、やってみることが大切だ」「たとえ失敗しても、周りは案外気にしていないかもしれない」
「〜べき」を「〜できたらいいな」「〜という可能性もある」「〜と考えてもいい」といった、より柔らかい言葉に置き換えてみることも有効です。
ステップ5:新しい考え方を「試して」みる
考え方を変えることは、頭の中で理解するだけでなく、実際にそれを「試して」みることが大切です。
例えば、「会議での発表は完璧であるべきだ」という考えを「伝えるべきことが伝われば十分だ」に変えたなら、次の会議では「完璧」にこだわりすぎず、必要な情報を分かりやすく伝えることに焦点を当てて発表してみます。
実際に試してみて、何が起きたか、その時の自分の気持ちはどうだったかを振り返ります。案外、完璧でなくても大丈夫だった、失敗してもリカバリーできた、といった経験を積むことで、新しい柔軟な考え方が少しずつ定着していきます。
実践を続けるためのヒント
「べき思考」は長年の考え方のクセですから、すぐに完全に手放すことは難しいかもしれません。大切なのは、完璧にできなくても自分を責めないことです。
- 小さなことから始める: 全ての「べき思考」に一度に取り組むのではなく、自分が一番苦しんでいるもの、あるいは取り組みやすそうなものから一つ選んで練習してみましょう。
- 継続する: 毎日少しずつでも、自分の思考に気づき、新しい考え方を意識する練習を続けることが変化につながります。
- 自分に優しく: うまくいかない時があっても、「〜すべきだった」と再び自分を責めないでください。「今回は難しかったな、次はどうしてみようか」と、自分に寄り添う言葉をかける練習も並行して行いましょう。
まとめ
「べき思考」は、気づかないうちに私たちを縛り付け、ネガティブな感情を生み出す原因の一つとなります。しかし、CBTで学ぶステップを通して、自分の「べき思考」に気づき、その硬さを和らげ、より柔軟で現実的な考え方を育むことが可能です。
「〜べき」「〜ねばならない」といった思考を少し手放し、「〜でも大丈夫」「〜という考え方もある」と心の選択肢を増やすことで、日々の出来事に対してより穏やかに、そして建設的に向き合えるようになります。
ぜひ、この記事でご紹介したステップを参考に、あなた自身の「思考のスイッチ」を少しずつ変化させてみてください。