『自分よりすごい人』を見て落ち込む:CBTで健全な自己評価を育む実践法
日々の仕事や人間関係、SNSなど、私たちは様々な場面で他人と自分を比べてしまうことがあります。
「同僚はもう次のプロジェクトリーダーになったのに、自分はまだ…」 「SNSで見かけたあの人は、いつも充実した毎日を送っているようだ」
このような比較を通じて、「自分はダメだ」「自分には価値がない」といったネガティブな気持ちになってしまう経験は、多くの方が抱えているかもしれません。そして、こうしたネガティブな比較思考は、漠然とした不安や自己肯定感の低下につながることがあります。
CBT(認知行動療法)は、このようなネガティブな思考パターンに気づき、より現実的でバランスの取れた考え方や行動を身につけるための心理療法です。ここでは、CBTの考え方を用いて、「他人との比較」からくるネガティブ思考にどう向き合い、健全な自己評価を育んでいくか、具体的なステップをご紹介します。
なぜ他人と比べて落ち込んでしまうのか
他人との比較は、ある程度は自然な人間の心理です。他者との関係性の中で自分を位置づけたり、目標設定の参考にしたりする側面もあります。しかし、これが過度になると問題が生じます。
多くの場合、私たちは他者の「見える部分」、つまり成功や輝いている側面ばかりに目を向けがちです。一方で、その人が経験してきた苦労や努力、抱えている悩みなど、「見えない部分」は考慮しません。そして、自分自身の「見えない努力」や「独自の強み」を見落とし、他者の良い面と自分の劣っていると感じる面だけを比べてしまうのです。
こうした偏った比較は、「自分は他人より劣っている」というネガティブな自動思考を生み出しやすくなります。この思考が、「落ち込む」「不安を感じる」といった感情や、「挑戦を避ける」「消極的になる」といった行動につながり、ネガティブなサイクルを強化してしまうことがあります。
CBTで「比較思考」に気づき、向き合うステップ
CBTでは、このネガティブな比較思考をただやめようとするのではなく、「気づき」「客観視し」「現実的に見つめ直す」という段階を経て、より建設的な考え方へと変えていくことを目指します。
ステップ1:比較思考が生まれる瞬間に気づく
まず、自分がどのような状況で、誰と、何を比較して、どのような感情になるのかに注意を向けることから始めます。
例えば、以下のような点を書き出してみるのも役立ちます。
- いつ、どんな状況で比較したか? (例:仕事で同僚の昇進を知った時、SNSで友人の投稿を見た時など)
- 誰と、何を比較したか? (例:同僚の〇〇さんの役職、友人の〇〇さんの趣味の成果など)
- その時、頭の中でどんな考えが浮かんだか? (例:「それに比べて自分は全然ダメだ」「あの人はすごいのに、自分は才能がない」など)
- その考えによって、どんな感情になったか? (例:落ち込み、焦り、劣等感、不安など)
このように、比較思考が生まれた具体的な状況や思考、感情を記録することで、自分のネガティブな比較パターンの傾向を把握することができます。
ステップ2:比較思考を客観視する
比較して落ち込んでいる時、その思考はあたかも揺るぎない事実のように感じられるかもしれません。しかし、CBTでは「思考は現実ではない」と考えます。思考は単なる脳内の情報処理であり、常に正しいとは限りません。
比較思考が浮かんだら、「あ、今自分は〇〇さんと自分を比べて、『自分はダメだ』と考えているな」と、その思考を外から眺めるように意識してみます。これは、思考にラベルを付けたり、思考を頭の中の「つぶやき」として捉えたりする練習です。
思考と自分自身を同一視せず、一歩距離を置くことで、その思考に感情が強く引きずられることを防ぐことができます。
ステップ3:比較の『前提』や『証拠』を検討する
客観視できるようになった比較思考について、立ち止まって考えてみます。
- 自分が比較している相手の状況を、本当にすべて知っているのか?
- 相手の成功の裏には、どんな努力や苦労があったのだろうか?
- 見えている側面だけでなく、見えていない側面もあるのではないか?
- 比較している「基準」は現実的か?
- 完璧な人間など存在しないのではないか?
- 比較対象が自分とは異なる前提(経験、環境、興味など)を持っているのではないか?
- 自分自身のことを、公平に見ているか?
- 自分にも達成したことや、努力してきたことはないか?
- 自分の持つ独自のスキルや経験はないか?
このように、比較に基づいている「前提」や、自分のネガティブな自己評価を支持する「証拠」、それに反する「証拠」を検討することで、比較思考が必ずしも現実のすべてを反映していないことに気づくことができます。自分にとって都合の良い(ネガティブな)情報ばかりに注目している「認知の歪み」(フィルターのかかった見方)に気づくきっかけにもなります。
ステップ4:健全な自己評価を育む
他人との比較から自分を評価するのではなく、自分自身の価値や成長に焦点を当てます。
- 過去の自分との比較に焦点を当てる:
- 以前と比べて、自分がどんな点で成長できたか?
- どんな努力を重ねてきたか?
- できたこと、乗り越えたことに意識を向けます。
- 自分自身の努力やプロセスを認める:
- 結果だけでなく、それまでのプロセスや努力そのものを評価します。
- 「頑張った」「よくやった」と、自分自身に肯定的な言葉をかけます(セルフコンパッションの実践とも関連します)。
- 自分の価値は比較で決まらないと理解する:
- 人間としての価値や、自分自身の個性は、他者との優劣で測れるものではないことを心に留めます。
- 自分自身の基準や価値観を大切にします。
これらのステップは、一度試せばすぐに完璧になるものではありません。繰り返し練習することで、ネガティブな比較思考に気づく力がつき、よりバランスの取れた、自分自身を肯定的に捉える考え方が身についていきます。
実践のポイント
- 焦らない: すぐに比較をやめられるわけではないことを理解し、練習として取り組みます。
- 小さなことから始める: まずは比較思考に気づく練習から始め、徐々にステップを進めます。
- 記録を活用する: ステップ1で紹介した記録は、自分の思考パターンを把握するのに非常に役立ちます。
- 完璧を目指さない: 比較思考が浮かんでしまう日があっても問題ありません。大切なのは、それに気づき、上記のステップを試みるプロセスです。
まとめ
他人との比較から生じるネガティブ思考は、多くの人が経験する悩みです。CBTで学ぶこれらのステップは、比較思考に気づき、それを客観視し、現実的な視点を取り入れることで、ネガティブな感情のサイクルを断ち切る手助けとなります。
他人との比較で自分を苦しめる代わりに、自分自身の成長や価値に焦点を当て、健全な自己評価を育んでいきましょう。こうした取り組みを通じて、ネガティブ思考に振り回されず、より自分らしく前向きな一歩を踏み出すことができるはずです。