考え方のクセを見抜く:CBTでネガティブ思考を招く『認知の歪み』に気づく方法
日々の考え方のクセが、あなたの気分を左右しているかもしれません
仕事で小さなミスをしてしまったとき、「自分はなんてダメな人間なんだ」と落ち込んでしまったり、友人からの連絡が少し遅れただけで「嫌われたのかもしれない」と不安になったりすることはありませんか。
このようなネガティブな考え方は、多くの人が経験するものです。しかし、こうした考え方に捉われすぎると、気分が落ち込みやすくなったり、漠然とした不安を感じたりすることが増えてしまう可能性があります。
ネガティブ思考の背景には、特定の「考え方のクセ」が潜んでいることがあります。CBT(認知行動療法)では、これを「認知の歪み」と呼んでいます。この「認知の歪み」に気づき、その影響を理解することは、ネガティブな気分を改善し、より柔軟な考え方を見つけるための重要な第一歩となります。
この記事では、CBTの視点から、ネガティブ思考を招く「認知の歪み」とは何か、そして、自分自身の「認知の歪み」にどのように気づけば良いのか、具体的な方法をご紹介します。
『認知の歪み』とは? ネガティブ思考に潜む「考え方のクセ」
「認知の歪み」とは、出来事を解釈する際に生じる、パターン化された、やや偏った考え方のクセのことです。これは、私たちが物事を認識し、考える過程で無意識のうちに使ってしまう「レンズ」のようなものです。
この「レンズ」が歪んでいると、たとえ客観的に見れば些細な出来事であっても、必要以上にネガティブに捉えてしまうことがあります。
例えば、プレゼンがうまくいかなかったとします。客観的には「改善点はあるが、全体的にはまずまずだった」かもしれません。しかし、「認知の歪み」があると、「少し噛んでしまった。やっぱり自分には才能がない」「完璧にできなかったから、もう全てが無駄だ」のように、極端にネガティブな解釈をしてしまうことがあります。
「認知の歪み」は誰にでもあるものであり、それ自体が悪者というわけではありません。しかし、そのクセがあまりにも強く、特定のパターンに偏っていると、ネガティブな感情を引き起こしやすくなってしまうのです。
よく見られる『認知の歪み』のパターン
CBTでは、いくつかの代表的な「認知の歪み」のパターンが知られています。自分の考え方と照らし合わせて、心当たりがないかチェックしてみてください。
- 全か無か思考(白黒思考): 物事を中間がなく、「全てかゼロか」「成功か失敗か」のように、極端な二択で捉えてしまう考え方です。「少しでもミスをしたら、全てが台無しだ」のように考えます。
- 過度の一般化: たった一度や二度の出来事から、「いつもこうだ」「全てがこうなるだろう」のように、普遍的な結論を導き出してしまう考え方です。「一度断られたから、もう誰にも誘ってもらえないだろう」のように考えます。
- 心のフィルター: ポジティブな側面や中立的な情報を無視し、ネガティブな側面にばかり焦点を当ててしまう考え方です。成功した点があっても、小さな失敗点ばかりを気に病む場合などです。
- 結論の飛躍: 十分な根拠がないのに、ネガティブな結論に飛びついてしまう考え方です。
- 読心術: 相手がネガティブに考えていると思い込む(「あの人はきっと私のことをつまらない人間だと思っている」など)。
- 先読み: 未来の出来事がネガティブになると決めつける(「きっと失敗するだろう」「どうせうまくいかない」など)。
- 拡大解釈と過小評価: 自分の失敗や短所を過度に大きく捉え、長所や成功を過小評価してしまう考え方です。他人の失敗は過小評価し、成功は拡大解釈することもあります。
- 感情的決めつけ: 自分が感じていることを、そのまま現実の根拠にしてしまう考え方です。「気分が落ち込んでいるから、状況は絶望的だ」「不安だから、何か悪いことが起こるに違いない」のように考えます。
- すべき思考: 物事には「〜すべき」「〜ねばならない」という絶対的なルールがあると思い込み、それに外れると自分や他人を厳しく批判してしまう考え方です。「常に完璧であるべきだ」「人には親切にされなければならない」のように考えます。
- レッテル貼り: 一度や二度の行動に基づいて、自分や他人に固定的なネガティブなレッテルを貼ってしまう考え方です。「一度失敗したから、自分は落ちこぼれだ」「あの人は少し遅刻したから、だらしのない人間だ」のように考えます。
- 自己関連づけ: 自分とは直接関係のないネガティブな出来事についても、自分のせいだと考えてしまう考え方です。「チームの成績が悪かったのは、自分の貢献が足りなかったからだ」のように考えます。
自分の『認知の歪み』に気づくためのステップ
自分の「認知の歪み」に気づくことは、ネガティブ思考を変えるための重要なステップです。ここでは、具体的な方法をご紹介します。
これは、以前の記事で触れた「気分記録」とも関連が深い実践です。ネガティブな感情が動いた瞬間の「自動思考」を特定し、その自動思考にどのような「認知の歪み」が含まれているかを探っていきます。
ステップ1:ネガティブな気分や状況に気づく
まず、気分が落ち込んだり、不安になったり、イライラしたりした瞬間に「今、ネガティブな感情が動いているな」と気づくことから始めます。
ステップ2:その時の「自動思考」を捉える
ネガティブな気分になった直前に、頭の中でどのような考えが浮かびましたか? それが「自動思考」です。例えば、「自分はダメだ」「嫌われている」「どうせうまくいかない」といった考えです。できるだけ具体的に言葉にしてみましょう。
ステップ3:自動思考に『認知の歪み』が含まれていないかチェックする
捉えた自動思考の中に、先ほど紹介したような「認知の歪み」のパターンが含まれていないかを確認します。自動思考をノートに書き出し、以下の質問を自分に問いかけてみてください。
- この考え方は、極端な白黒思考になっていないか?(例:「完璧でなければ意味がない」)
- たった一度のことから、全てを決めつけていないか?(例:「今回うまくいかなかったから、これからもずっとダメだ」)
- 良い点や中立的な点を無視し、悪い点だけを見ていないか?(例:「成功した部分はあったけど、ミスした箇所だけが気になる」)
- 根拠がないのに、悪い結論に飛びついていないか?(例:「特に何も言われていないけど、きっと怒っているに違いない」)
- 自分の失敗を過度に大きく、成功を過小に評価していないか?(例:「この小さなミスは取り返しがつかない」「この成功は単なる偶然だ」)
- 自分の感情を、現実の根拠にしていないか?(例:「不安だから、絶対に何か悪いことが起きる」)
- 「〜すべき」「〜ねばならない」という厳しいルールを自分や他人に課していないか?(例:「常に人から良く思われるべきだ」)
- 一度の行動で、自分や他人にネガティブなレッテルを貼っていないか?(例:「一度失敗したから、自分は無能だ」)
- 自分に責任がないことまで、自分のせいにしていないか?(例:「会議の空気が悪かったのは、自分の発言が原因だ」)
ワークシート例:自分の『認知の歪み』を見つけよう
以下の形式で、ネガティブな気分になった時の状況や考えを記録してみましょう。
| 日時 | 状況(いつ、どこで、何をしていたか) | 気分(どのような感情、強さは0〜100%) | 自動思考(その時、頭に浮かんだ考え) | 含まれる『認知の歪み』のパターン(どれに当てはまるか) | | :--------- | :--------------------------------- | :--------------------------------- | :----------------------------------- | :----------------------------------------------------- | | 例:X月X日 15:00 | 仕事で上司に資料の修正を指示された | 落ち込み 70% | 「やっぱり自分は仕事ができないダメな人間だ」 | レッテル貼り、全か無か思考、拡大解釈 | | | | | | | | | | | | |
このワークシートを使って記録を続けることで、自分の考え方のクセ、つまり「認知の歪み」のパターンが見えてくるようになります。
気づくこと自体が、変化の始まりです
自分の「認知の歪み」に気づくことは、ネガティブな考え方に振り回されている状態から一歩離れ、客観的に自分の思考を観察するきっかけになります。
「あ、今、全か無か思考になっているな」「これは過度の一般化かもしれない」のように、自分の考え方を「認知の歪み」という名前のついたパターンとして認識できるだけで、その考えが唯一絶対の真実ではなく、あくまで「考え方のクセ」に過ぎないことに気づけます。
この「気づき」こそが、考え方を調整し、ネガティブ思考の影響を和らげていくための重要な出発点となります。
まとめ
この記事では、CBTにおける「認知の歪み」とは何か、そして自分のネガティブ思考に潜む「認知の歪み」に気づくための具体的なステップとワークシートの例をご紹介しました。
日々の生活の中でネガティブな気分になった時、その時の考え方(自動思考)にどんな「認知の歪み」が含まれているかを意識的にチェックしてみてください。すぐに完璧にできるようにならなくても構いません。まずは「気づく」ことから始めてみましょう。
自分の考え方のクセを知ることは、思考のスイッチをポジティブな方向に変えていくための、確かな一歩となります。この気づきを次のステップ(別の考え方を探すなど)につなげていくことで、ネガティブ思考の影響を少しずつ和らげていくことが可能になります。