気分を左右する考え方を変える:CBTで学ぶ『バランス思考』の育て方
落ち込みやすい気分を変えるには?ネガティブ思考と『バランス思考』
日々の生活の中で、私たちは様々な出来事に遭遇します。同じ出来事でも、人によって感じ方や反応は異なります。なぜなら、出来事そのものだけでなく、私たちが「どのように考えたか」が、その後の気分や行動に大きく影響するからです。
特にネガティブに考えやすい傾向があると、些細な出来事でも気分が落ち込んだり、不安を感じやすくなったりすることがあります。このようなネガティブな考え方にどのように向き合えば良いのでしょうか。
認知行動療法(CBT)では、ネガティブ思考に偏りがちな考え方を、より現実的でバランスの取れた考え方に見直すことで、気分や行動を改善していくアプローチがあります。この記事では、この「バランス思考」を見つけ、育てていくための具体的なステップをご紹介します。
バランス思考とは何か?なぜネガティブ思考だけでは不十分なのか
私たちが瞬時に頭に浮かべる考えを、CBTでは「自動思考」と呼びます。例えば、職場で小さなミスをしたときに「自分はなんてダメな人間なんだ」と頭に浮かぶのが自動思考です。この自動思考は、過去の経験や信念に基づいており、必ずしも客観的な事実とは限りません。
特にネガティブ思考に偏りがちな場合、この自動思考には「認知の歪み」と呼ばれるような、現実を正確に捉えていないものの見方が含まれていることがあります。例えば、たった一つのミスで自分自身の価値全体を否定してしまう「全か無か思考」などがこれにあたります。
このようなネガティブに歪んだ自動思考は、不安や落ち込みといったネガティブな感情を引き起こし、さらに行動を制限してしまう可能性があります。
一方、「バランス思考」とは、一つの出来事に対して、ネガティブな側面だけでなく、ポジティブな側面や中立的な側面も含め、様々な角度から検討し、より現実的で客観的な結論を導き出す考え方です。これは、ネガティブな考えを無理にポジティブに変えようとするのではなく、「事実に基づいているか?」「別の可能性はないか?」と問い直し、より広い視野で物事を捉え直すアプローチと言えます。
バランス思考を見つける具体的な4つのステップ
バランス思考を身につけるためには、練習が必要です。ここでは、具体的なステップを追って実践する方法を解説します。
ステップ1:ネガティブな考え(自動思考)に気づく
まずは、どのような状況で、どのようなネガティブな考えが頭に浮かんでいるのかに気づくことが第一歩です。
- どんな時に気分が落ち込みやすいですか?
- その時、頭の中でどんな言葉が繰り返されていますか?
- その考えが、どのような感情(不安、悲しみ、怒りなど)を引き起こしていますか?
気分が動揺した時に、その瞬間の状況、浮かんだ考え、そして感情をメモしてみるのも有効です。これは「気分記録」と呼ばれる基本的な方法で、自分の思考パターンを知る手助けになります。
ステップ2:その考えを「事実」か「意見」か区別する
浮かんだネガティブな考えは、揺るぎない「事実」でしょうか?それとも、あなたがそう「思っている」という「意見」や「解釈」でしょうか?多くのネガティブな自動思考は、事実ではなく解釈や意見であることが多いです。
- 「私は仕事ができない」という考えは、客観的な事実ですか?
- それは、具体的な証拠に基づいていますか?
- それとも、あなたがそう感じている、あるいはそう解釈しているだけですか?
自分の考えを客観視する訓練をします。
ステップ3:その考えを支持する「証拠」と、反論する「証拠」を探す
これがバランス思考を見つける上で最も重要なステップの一つです。浮かんだネガティブな考えが正しいとする「証拠」と、そうではない、あるいは別の見方もできるとする「反論の証拠」を意識的に集めてみます。
例えば、「自分はなんてダメな人間なんだ」という考えに対して:
- 考えを支持する証拠:
- 今日の会議でうまく発言できなかった
- 先日、提出資料にミスがあった
- 反論の証拠:
- 今日の会議では、他の場面で貢献できた点もあった
- 提出資料のミスはあったが、その後すぐに修正対応ができた
- 同僚や上司から評価された経験もある
- 過去には成功したプロジェクトもある
- 仕事以外の友人関係はうまくいっている
このように、ネガティブな考えに合わない証拠や、その考えだけでは説明できない事実、あるいは別の可能性にも目を向けます。
ステップ4:両方の証拠を踏まえ、「バランスの取れた考え」を作成する
ステップ3で見つけた証拠を総合的に検討し、最初のネガティブな考えよりも現実的で、状況全体をより正確に反映した「バランスの取れた考え」を作成します。
上記の例の場合、「自分はなんてダメな人間なんだ」という考えに対するバランス思考は、例えば以下のようになります。
- 「今回の会議での発言や資料のミスは反省点だが、それは自分の価値全てを否定するものではない。改善できる点に注目し、次の機会に活かそう。」
- 「完璧ではなかったが、努力している点や、過去の成功経験もある。今回の失敗から学べることもあるはずだ。」
バランス思考は、ネガティブな側面を無視するのではなく、それも踏まえた上で、より客観的で広い視野から導き出された考え方です。
実践のためのヒントと次のステップ
- 記録をつける: バランス思考を見つける練習として、「思考記録シート」のようなものを作成し、
- 状況: (いつ、どこで、何をしていたか)
- 感情: (どんな気分か、その強さは100点満点で?)
- ネガティブな考え: (頭に浮かんだ考え)
- 考えを支持する証拠:
- 反論の証拠:
- バランスの取れた考え:
- その後の感情: (バランス思考作成後の気分、強さ) を書き出してみるのが非常に有効です。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返すうちに慣れてきます。
- すぐに完璧を目指さない: バランス思考は、すぐに身につく魔法ではありません。練習が必要です。最初は不自然に感じるかもしれませんが、続けることが大切です。
- 行動との関連を見る: バランス思考を持つことで、気分がどのように変化し、どのような行動が取りやすくなるかにも注目してみましょう。
バランス思考を育てることは、ネガティブ思考に振り回されず、より穏やかで安定した気持ちで日々を過ごすための力になります。もし、ご自身での実践が難しいと感じる場合や、気分の落ち込みが強い場合は、専門家(心理士、精神科医など)に相談することも検討してみてください。CBTの専門家は、これらのテクニックをより体系的に学ぶサポートをしてくれます。
ネガティブ思考に気づき、それをバランスの取れた考え方に見直すことで、あなたの「思考スイッチ」を良い方向にチェンジしていきましょう。