ネガティブ思考のスイッチを特定:CBTで『トリガー』を見つけて対策を立てる方法
予期せず訪れるネガティブ思考の正体
日々の生活の中で、「なぜか急に気分が落ち込む」「特定の状況になると決まってネガティブな考えが浮かんでくる」と感じることはありませんか。ネガティブ思考は、何もないところで突然発生するように感じられることがありますが、多くの場合、そこには何らかの「きっかけ」が存在します。
この「きっかけ」のことを、認知行動療法(CBT)では「トリガー」と呼ぶことがあります。トリガーは、特定の出来事、場所、人、時間帯、あるいは自身の身体的な感覚や思考そのものであることもあります。このトリガーを特定し、それに対する準備をしておくことは、ネガティブ思考に振り回されず、落ち着いて対処するために非常に有効なアプローチです。
この記事では、ネガティブ思考のトリガーを見つける方法と、そのトリガーに対して事前にどのような対策を立てておくことができるのかを、CBTの考え方に基づいて具体的にご紹介します。
ネガティブ思考の『トリガー』とは?
CBTにおけるトリガーとは、特定の感情や思考パターンを引き起こす「引き金」となるものです。ネガティブ思考に関連するトリガーは、以下のような様々な形で現れる可能性があります。
- 特定の出来事: プレゼンテーションの失敗、上司からの指摘、友人との意見の相違など、具体的な出来事。
- 特定の状況・場所: 人前、混雑した電車、初めて訪れる場所、自宅に一人でいる時など。
- 特定の人: 特定の上司、同僚、家族、友人など、その人との関わり。
- 特定の時間帯: 朝起きた時、夜寝る前、週末の午後など。
- 身体的な感覚: 疲労感、空腹、頭痛、心臓のドキドキなど。
- 自身の思考や感情: 「また失敗するかもしれない」という考え、「寂しい」という感情など、内的な状態が次のネガティブ思考のトリガーとなることもあります。
ネガティブ思考に悩む方にとって、これらのトリガーは無意識のうちに作用し、あっという間に気分を落ち込ませたり、不安を感じさせたりすることがあります。しかし、トリガーを特定することで、「この状況ではネガティブに考えやすい傾向があるな」と事前に認識できるようになり、心の準備をしたり、具体的な対策を講じたりすることが可能になります。
あなたのネガティブ思考のトリガーを見つける方法
トリガーを特定するためには、日々の自分の思考や感情、行動を注意深く観察することが重要です。ここでは、トリガーを見つけるための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:記録をつける
ネガティブな気持ちになったり、ネガティブな考えが浮かんだりした時に、簡単な記録をつけることから始めます。これは、CBTでよく用いられる「思考記録」や「気分記録」を、トリガー特定という目的で行うものです。以下の項目をメモすることを習慣にしてみましょう。
- いつ: 何月何日の何時頃か
- どこで: どんな場所にいたか
- 誰と: 一人か、誰かと一緒にいたか(誰といたか)
- どんな状況で: 具体的に何が起きていたか、何をしていたか
- その時、何を感じていたか: どんな気分だったか(例: 不安、悲しい、イライラ)
- その時、どんな考えが浮かんだか: 頭の中で何を考えていたか(例: 「自分はダメだ」「どうせうまくいかない」)
ノートに手書きでも、スマートフォンのメモアプリでも構いません。重要なのは、ネガティブな状態になったらすぐに記録することです。
ステップ2:記録を振り返り、パターンを見つける
数日から1週間程度、記録を続けてみましょう。その後、記録を見返して、共通するパターンがないかを探します。
- 特定の時間帯にネガティブになりやすいか? (例: 月曜の朝、仕事が終わった後)
- 特定の場所にいる時にネガティブになりやすいか? (例: 職場の特定の場所、大人数の集まり)
- 特定の人物と関わった後にネガティブになりやすいか?
- 特定の出来事(例えば、人前で話す、締め切りが近いなど)の前に、あるいは後にネガティブになりやすいか?
- 特定の身体的な状態(疲れている時、寝不足の時など)の時にネガティブになりやすいか?
- 特定の考えや感情(「完璧でなければならない」という考え、焦りの気持ちなど)が浮かんだ後に、さらにネガティブな考えが連鎖しやすいか?
いくつかの記録を見比べることで、「どうも〇〇という状況になると、ネガティブな考えが浮かびやすいようだ」というトリガーが見えてくることがあります。
ステップ3:トリガーを特定する
パターンが見つかったら、それがあなたのネガティブ思考のトリガーである可能性が高いと考えられます。まずは1つか2つ、最も頻繁にネガティブ思考を引き起こしていると思われるトリガーを特定してみましょう。
例えば、「上司に話しかけられた時」がトリガーであると特定できたとします。あるいは、「朝の満員電車に乗っている時」かもしれません。
特定したトリガーへの『事前対策』を立てる
トリガーを特定できたら、次はそのトリガーに遭遇した際に、ネガティブ思考に大きく影響されるのを防ぐための「事前対策」を考えます。これは、トリガーによってネガティブな思考や感情が引き起こされる「前に」、あるいは引き起こされ始めた「瞬間に」行う準備行動や考え方です。
事前対策の例:
- トリガー: 上司に話しかけられる時
- 対策:
- 話しかけられる前に、数回ゆっくり深呼吸をする。(呼吸法)
- 話しかけられたら、まずは落ち着いて相手の言葉を「聞く」ことに意識を集中する。(思考と距離を置く)
- 「何か悪いことを言われるかもしれない」という考えが浮かんだら、「これはただの考えだ」と心の中で唱える。(思考を受け流す)
- 対策:
- トリガー: 朝の満員電車
- 対策:
- 電車に乗る前に、リラックスできる音楽を準備しておく。(行動活性化)
- 電車に乗ったら、車内広告や乗客の服装など、周囲の「事実」に注意を向ける。(思考から注意をそらす)
- ネガティブな考え(「今日も一日嫌なことばかりだろう」など)が浮かんだら、「これは電車に乗ると考えやすいことだな」と客観的に観察する。(思考と距離を置く)
- 対策:
- トリガー: 疲労を感じた時
- 対策:
- 少しでも疲労を感じたら、意識的に短い休憩を取る。(行動活性化)
- 「疲れているから何もできない」と考えそうになったら、「疲れていてもこれだけはできる」という現実的な行動を一つ決めて実行する。(行動活性化、バランス思考)
- 温かい飲み物を飲むなど、自分を労わる行動を取り入れる。(セルフコンパッション)
- 対策:
このように、特定したトリガーに対して、過去に学んだCBTのテクニックや、自分にとって心地よい簡単な行動を紐付けて準備しておきます。
事前対策リストを作成する
特定したトリガーと、それに対する事前対策をリスト形式で整理しておくと、いざという時に迷わず実行できます。
例えば、以下のようなリストを作成してみましょう。
| あなたのトリガー | 対策リスト |
| :----------------------------- | :-------------------------------------------------------------------------------------------------------- |
| 例:上司に話しかけられる時 | 1. ゆっくり3回深呼吸
2. 上司の言葉に集中
3. 「悪いことを言われるかも」と考えたら、「考えだ」と観察する |
| 例:朝の満員電車 | 1. お気に入りの音楽を聴く
2. 車窓の景色に意識を向ける
3. 「この状況だと考えやすい」とネガティブ思考を観察 |
| 例:SNSで他人の成功を見た時 | 1. SNSを一度閉じる
2. 自分の小さな成功体験を一つ思い出す
3. 自分と他人を比較しないと心に留める |
このリストは、あなたが特定のトリガーに遭遇した際に、ネガティブ思考の「スイッチ」が入るのを防ぐための、あなた専用の「思考スイッチチェンジ」マニュアルになります。
まとめ:トリガーを知り、準備しておくことの力
ネガティブ思考のトリガーを特定し、それに対する事前対策を準備しておくことは、ネガティブな状態に陥るのを予防し、またネガティブな状態になったとしても、そこから速やかに回復するための有効な手段です。
記録をつけることであなたの思考や感情のパターンに気づき、トリガーを特定します。そして、特定したトリガーに対して、CBTで学んだ様々なテクニック(呼吸法、思考を受け流す、行動活性化など)の中から、その状況で実行しやすい具体的な対策を選んで準備しておきます。
このプロセスは、ネガティブ思考を完全に無くすことを目指すものではありません。むしろ、ネガティブ思考が起きやすい状況を理解し、「来たな」と認識した上で、事前に準備した対策を冷静に実行することで、ネガティブ思考の影響を最小限に抑えることを目指します。
最初は少し手間がかかるかもしれませんが、この「トリガー特定と事前対策」の練習を重ねることで、あなたはネガティブ思考に対してより能動的に、そして落ち着いて対処できるようになっていくでしょう。ぜひ、今日からあなたのネガティブ思考のトリガー探しを始めてみてください。