正体の分からない不安に立ち向かう:CBTで漠然とした不安を書き出す方法
なぜ「漠然とした不安」は辛いのか
日々の生活の中で、具体的な理由がはっきりしないのに、心の中に漠然とした不安を感じることはありませんでしょうか。この「正体の分からない不安」は、私たちの気分を重くさせたり、行動を制限したりすることがあります。何に対して不安を感じているのかが明確でないため、どのように対処すれば良いのかが分からず、余計に辛く感じてしまうのです。
認知行動療法(CBT)では、このような漠然とした不安に対処するための一歩として、「不安を具体的にする」というアプローチを提案しています。不安の輪郭をはっきりさせることで、その不安が現実的なものなのか、それとも考え方の癖によるものなのかを見分けやすくなり、効果的な対処法を見つけやすくなります。
この記事では、CBTの考え方に基づき、漠然とした不安を具体的にするために有効な「書き出す」という実践的な方法をご紹介します。
不安を「書き出す」ことの意義
漠然とした不安は、頭の中でぐるぐると堂々巡りをしがちです。この状態では、不安がどんどん増幅されてしまうことがあります。不安を頭の中から一度取り出し、紙やパソコンの画面に「書き出す」ことで、以下のような効果が期待できます。
- 不安の明確化: 頭の中では漠然としていた不安が、言葉にすることで具体的に見えてきます。
- 客観視: 書き出すことで、不安な考えと自分自身との間に距離が生まれ、少し冷静に眺めることができるようになります。
- 思考の整理: 複数の不安が絡み合っている場合でも、一つずつ書き出すことで整理しやすくなります。
- 対処法の発見: 不安が具体的になることで、「この不安に対してなら、こんな行動ができるかもしれない」といった対処法が見えやすくなります。
これは、CBTで重視される「思考の可視化」の第一歩とも言えるアプローチです。
漠然とした不安を書き出すワーク
では、実際に漠然とした不安を書き出すワークを始めてみましょう。特別な準備は必要ありません。紙とペン、あるいはスマートフォンのメモ機能など、何か書き出すことができるものを用意してください。
ステップ1:不安を感じている状況を特定する
まずは、漠然とした不安を感じやすい状況を考えてみましょう。
- どのような時に不安を感じやすいでしょうか? (例:仕事の休憩中、朝起きた時、夜寝る前、人と会う前など)
- 最近、漠然とした不安を感じたのは、どのような状況でしたか?
もし特定の状況が思い浮かばなければ、「今、漠然とした不安を感じている」という状態から始めても構いません。
ステップ2:心の中にある不安を、思いつくままに書き出す
ステップ1で特定した状況や、今感じている漠然とした不安について、頭に浮かぶ考えや感情をそのまま書き出していきます。「こんなことを書いても意味がないのでは」「まとまっていない」などと考えず、とにかく思いつくまま、箇条書きでも文章でも構いませんので、書き出してみてください。
- 心の中で繰り返されている心配事は何でしょうか?
- 「もし〇〇になったらどうしよう」といった考えはありますか?
- 何に対して一番、漠然とした嫌な感じがしていますか?
- 書き出す言葉が見つからなければ、「なんだか落ち着かない」「理由もなく不安だ」といった、漠然とした状態そのものを描写しても構いません。
例: * 将来がどうなるか分からない。 * 今のままで大丈夫なのだろうか。 * 仕事で失敗するのではないか。 * 人間関係がうまくいかなくなるのが怖い。 * 自分には能力がない気がする。 * 漠然と嫌な予感がする。
ステップ3:書き出した不安を具体的にする
ステップ2で書き出した一つ一つの漠然とした不安について、もう少し具体的に掘り下げてみます。
- 「将来がどうなるか分からない」→ 将来の何が不安ですか? 仕事?お金?健康?
- 「仕事で失敗するのではないか」→ どのような失敗を想像していますか? どんな影響があると思いますか?
- 「人間関係がうまくいかなくなるのが怖い」→ 誰との関係ですか? 具体的にどのような状況を心配していますか?
このように、「なぜそう思うのか」「具体的にどうなることを恐れているのか」といった問いを自分に投げかけながら、不安を掘り下げてみてください。
例: * 将来のお金が不安。特に老後の資金。今の収入で貯金が足りるか分からない。 * 仕事で、任されているプロジェクトで納期に遅れるのではないか。遅れたら上司に叱責されるかもしれないし、評価が下がるかもしれない。 * 同僚とのちょっとした意見の食い違いから、関係が悪化して職場で孤立するのが怖い。
ステップ4:書き出した不安を眺める
ステップ3までで、漠然としていた不安が、少し具体的な言葉になったかと思います。書き出された内容を、一度全体的に眺めてみてください。
- 最も繰り返し現れるテーマは何でしょうか?
- 客観的に見て、それぞれの不安はどの程度現実的なものでしょうか? (この時点では、まだ深く評価する必要はありません。ただ眺めるだけで構いません。)
- 書き出す前と比べて、不安の感じ方に何か変化はありましたか?
書き出したその後のステップ
不安を書き出して具体的にすることは、あくまで第一歩です。書き出された具体的な不安に対して、CBTではさらに「その考えが現実的か検証する」「代替の考え方や行動を検討する」といったステップに進んでいきます。
例えば、「仕事で納期に遅れるのではないか」という不安が具体的に書き出された場合、以下のようにつなげることができます。
- 「本当に納期に遅れる可能性はどのくらいだろう?」と現実的な証拠を集めて検証する。
- 「納期に遅れないためには、今からどんな行動ができるだろう?」と具体的な対策を考える。
- 「もし遅れてしまったら、その時どう対処できるだろう?」と、最悪の事態への備えや、その際の気持ちの切り替え方を考える。
これらの具体的な対処法については、今後の記事で詳しく解説していきます。
まとめ
漠然とした不安は、正体が分からないからこそ、私たちを深く悩ませることがあります。認知行動療法(CBT)では、この不安を具体的に「書き出す」ことから始めることを推奨しています。
書き出すことで、不安は頭の中の曖昧な塊から、目に見える具体的な言葉になります。これは、不安を客観的に捉え、その後の具体的な対処へとつなげるための重要なステップです。
まずは、不安を感じた時に紙やメモに書き出してみることから始めてみてください。このシンプルな行動が、あなたの「思考スイッチ」を切り替えるための一歩となるかもしれません。