心が落ち着く:ネガティブ思考を『受け流す』CBTマインドフルネス入門
ネガティブ思考に囚われる時、心を落ち着かせるには
日々の生活の中で、ふとネガティブな考えに囚われてしまうことはありませんか。仕事での小さな失敗や、人間関係での些細なやり取りをきっかけに、どんどん悪い方向へと考えてしまい、心が重く沈んでしまう。このような経験は、多くの方がお持ちかもしれません。
ネガティブな考えが頭の中で繰り返されると、気分が落ち込むだけでなく、不安や緊張が高まり、心身ともに疲れてしまいます。しかし、こうした考えを無理に「考えないようにしよう」としても、かえって意識してしまいうまくいかないこともあります。
認知行動療法(CBT)では、ネガティブな思考を「消す」ことではなく、「どのように付き合っていくか」という視点を大切にします。その一つの有効なアプローチとして、「思考を受け流す」という技術があります。そして、この技術を育むために役立つ実践法が、CBTの文脈で取り入れられるマインドフルネスです。
この記事では、ネガティブ思考に囚われやすい方が、CBTの考え方に基づいたマインドフルネスの簡単な実践を通じて、心を落ち着かせ、思考を受け流すための具体的なステップをご紹介します。
ネガティブ思考を「受け流す」とはどういうことか
まず、「思考を受け流す」とは具体的にどのような状態を指すのでしょうか。これは、ネガティブな考えが頭に浮かんできたときに、それを感情的に評価したり、内容に深入りしたりせず、ただ「思考としてそこにある」と認識し、注意を他の場所に戻す練習のことです。
例えば、「今日のプレゼンは失敗だった。自分は仕事ができない人間だ」という考えが浮かんできたとします。受け流す練習をしていない場合、この考えに対して「そうだ、自分は本当にダメだ…」と感情的に反応し、自己否定のループに入り込んでしまうかもしれません。
一方、思考を受け流す練習をしていると、同じ考えが浮かんできても、「あ、今、『自分は仕事ができない人間だ』という考えが浮かんできたな」と客観的に認識し、「これはただの考えだ」と捉えることができます。そして、その考えに囚われ続けるのではなく、意識的に注意を「今、ここ」にある別のもの(例えば、呼吸の感覚や周囲の音など)に戻すことができるようになります。
これは、思考そのものを否定したり、無理やりポジティブに変換したりすることではありません。あくまで、思考は脳の中で勝手に生まれてくる「出来事」の一つとして捉え、それに支配されないための練習です。CBTでは、「思考は現実ではない」という考え方を大切にしますが、思考を受け流す練習は、この考え方を体感的に理解する助けとなります。
マインドフルネスがネガティブ思考の「受け流し」に役立つ理由
マインドフルネスとは、「今、この瞬間の体験に、意図的に、評価をせずに注意を向けること」です。呼吸や身体の感覚、音、感情、そして「思考」といった、今ここで起こっていることに優しく意識を向けます。
このマインドフルネスの実践が、ネガティブ思考を受け流すのに役立つ理由は以下の通りです。
- 思考との距離を作る練習になる: マインドフルネス瞑想では、注意を呼吸などに向けますが、必ず思考は浮かんできます。その際、「思考が浮かんできたな」と気づき、それを評価せずに再び呼吸に注意を戻すという行為を繰り返します。これはまさに、思考に囚われずに注意を切り替える「受け流し」の練習そのものです。
- 「今、ここ」に注意を戻す習慣がつく: ネガティブ思考は、過去の出来事への後悔や未来への漠然とした不安に関連していることが多いものです。マインドフルネスで「今、ここ」に注意を向ける練習をすることで、思考が過去や未来へ逸れたときに、意識を現実の瞬間に引き戻す力が養われます。
- 自分自身の体験を客観的に観察する姿勢が育つ: マインドフルネスでは、浮かんできた感情や思考を「良い」「悪い」と評価せずに、ただ観察することを促します。これにより、ネガティブな思考に対しても、「困った思考だ」と嫌悪するのではなく、「こういう思考が自分には浮かんでくるのだな」と、少し離れた視点から見ることができるようになります。
このように、マインドフルネスは特別な能力ではなく、日々の練習によって誰でも身につけることができる、思考との健康的な付き合い方を学ぶための実践法なのです。
CBTマインドフルネス:ネガティブ思考を受け流す簡単な実践ステップ
ここでは、椅子に座って簡単に行える、基本的なマインドフルネス瞑想のステップをご紹介します。まずは短い時間から試してみてください。
ステップ1:準備をする
- 静かで落ち着ける場所を選び、椅子に座ります。床に座っても構いませんが、背筋を伸ばして楽な姿勢がとれるようにします。
- 手は膝の上や腿の上に置き、軽く閉じても、薄目を開けて一点を見つめても構いません。
- 身体の力を抜き、肩や首の緊張を緩めます。
ステップ2:呼吸に注意を向ける
- 深く呼吸をする必要はありません。普段通りの自然な呼吸を続けます。
- 自分の呼吸に優しく注意を向けます。鼻を通る空気の感覚、胸やお腹が膨らんだりしぼんだりする感覚など、呼吸を身体のどこで一番感じられるかを探してみます。
- ただ、その呼吸の感覚を観察し続けます。吸う息、吐く息、それぞれの感覚に意識を向けます。
ステップ3:思考が浮かんできたら
- マインドフルネス瞑想中に、様々な思考(ネガティブなものも含め)や感情、身体の感覚が浮かんくるのは自然なことです。思考が全く浮かばない状態を目指す必要はありません。
- 思考が浮かんできたことに気づいたら、「あ、考え事をしているな」「『明日の会議が心配だ』と考えているな」のように、ただ「思考としてそこにある」と認識します。内容に深入りしたり、その思考に対して自分を責めたり評価したりはしません。
- 思考を、まるで空に流れる雲のように眺めるイメージを持っても良いかもしれません。雲は自然に形を変え、流れていきます。思考も同じように、やがて過ぎ去っていきます。
- 思考に気づいたら、優しく、そして意識的に、注意を再び呼吸の感覚に戻します。これは「失敗した」ということではなく、注意が逸れるのは自然なことであり、それに気づいて戻すこと自体が練習です。
ステップ4:続ける
- 最初は3分や5分といった短い時間から始め、慣れてきたら徐々に時間を延ばしていきます。
- 毎日同じ時間に実践する習慣をつけるのがおすすめです。
- 瞑想の終わりに、数回ゆっくりと呼吸をし、身体の感覚に意識を戻してから、ゆっくりと目を開けます。
この実践は、ネガティブな思考が頭に浮かんできた時に、「あ、また考えに囚われそうになっているな」と気づき、そこから意識を切り離して「今、ここ」に戻すための訓練となります。繰り返すことで、思考に振り回される時間が減り、心が穏やかさを取り戻す助けとなるでしょう。
日常生活での「受け流し」のヒント
座って行う瞑想だけでなく、日常生活の中でも「受け流し」の練習は可能です。
- 歩行中: 歩く際の足の裏の感覚や、身体の動きに注意を向けます。思考が浮かんできたら、「歩いているな」と気づき、再び足の感覚に意識を戻します。
- 食事中: 食べ物の味、香り、舌触り、噛む音などに意識を向けます。思考が浮かんできたら、それに気づき、再び食べる体験に注意を戻します。
- 簡単な作業中: 洗い物をする際の水の感覚、スポンジの感触、食器の形などに注意を向けます。
これらの簡単な実践は、特別な時間や場所を必要とせず、今行っている行動に意識を集中することで、思考から距離を置く練習になります。
実践を続ける上での大切なこと
マインドフルネスはすぐに劇的な効果が現れるとは限りません。実践中にネガティブな思考がたくさん浮かんできて、「やっぱりうまくいかない」と感じることもあるでしょう。しかし、それも自然なことです。大切なのは、結果を求めすぎず、続けることです。
もし、実践中に強い苦痛や困難を感じる場合は、無理せず中断し、必要であれば専門家にご相談ください。マインドフルネスはあくまで、ネガティブ思考に柔軟に対応するためのツールの一つとして捉えることが重要です。
まとめ
この記事では、ネガティブ思考に囚われやすい方へ向けて、CBTの考え方に基づいた「思考を受け流す」技術と、それを育むためのマインドフルネスの簡単な実践法をご紹介しました。
ネガティブな考えを無理に消すのではなく、それを「思考としてそこにある」と認識し、客観的に観察し、注意を「今、ここ」に戻す練習は、心を落ち着かせ、思考に振り回される時間を減らす助けとなります。
今回ご紹介したマインドフルネスのステップを参考に、ぜひ日々の生活の中で少しずつ取り入れてみてください。継続することで、ネガティブ思考とより穏やかに付き合えるようになる一歩となるでしょう。