ネガティブ思考のきっかけを見つける:CBT式気分・行動記録ワークの始め方
ネガティブ思考に悩まされ、気分が落ち込みやすかったり、漠然とした不安を感じやすかったりすることはありませんでしょうか。なぜ特定の状況でネガティブに考えてしまうのか、その理由が分からずに対処が難しいと感じることもあるかもしれません。
ネガティブ思考を改善するためには、まず自分がどのような状況で、どのように考え、その結果どう感じるのか、そしてどのような行動をとるのか、そのパターンに気づくことが非常に重要です。CBT(認知行動療法)では、このパターンを見つけるための具体的な方法がいくつか提案されています。その中でも、日常的に手軽に始められ、ご自身の思考や感情、行動のつながりを明らかにするのに役立つのが「気分・行動記録ワーク」です。
この記事では、ネガティブ思考が生まれるきっかけ(トリガー)を見つけるための、CBT式気分・行動記録ワークの具体的な始め方とその活用法について解説します。
気分・行動記録ワークとは
気分・行動記録ワークは、特定の出来事や状況において、ご自身の「気分」「思考」「行動」がどのように関連しているかを記録し、客観的に把握するためのCBTの基本的なツールです。
CBTでは、私たちの気分は、出来事そのものによって直接引き起こされるのではなく、出来事をどのように「認知(解釈・評価)」するかによって影響を受けると考えます。そして、その気分や思考が、その後の行動に影響を与え、さらにそれが次の気分や思考につながるという、思考・感情・行動の悪循環に陥ることが、ネガティブな状態を維持してしまう一因と考えられています。
気分・行動記録は、この悪循環のどの部分に気づき、変化を起こすことができるかを探る第一歩となります。特に、どのような状況や出来事がネガティブな思考や気分を引き起こしやすいのか、つまり「トリガー」を特定するのに役立ちます。
気分・行動記録の具体的な始め方
記録と聞くと難しく感じるかもしれませんが、最初はシンプルに始めることができます。以下の項目を記録するためのノートやスマートフォンのメモ機能、専用のアプリなどを用意しましょう。
記録する項目:
- 日時: その出来事や気分を感じた正確な時間帯。
- 状況: どのような場所で、誰といて、何が起こっていたか。できるだけ具体的に描写します。(例: 会社の会議中、上司に資料の提出が遅れていることを指摘された、SNSで友人の楽しそうな投稿を見た、一人で自宅にいた時など)
- 気分: その時感じた感情の種類と強さ(0〜100%で表現)。感情は一つだけでなく、複数記録しても構いません。(例: 不安 80%、ゆううつ 60%、イライラ 30%など)
- 思考: その時に頭に浮かんだ考えやイメージ。(例: 「自分はダメだ、納期を守れないなんて」「みんな楽しそうでいいな、それに比べて自分は…」「どうせうまくいかないだろう」など)
- 行動: その時、あるいはその直後に自分がとった行動。(例: 黙り込んでしまった、SNSを閉じた、ベッドに横になった、何かを買いに行ったなど)
記録の例:
| 日時 | 状況 | 気分 | 思考 | 行動 | | :---------- | :--------------------------------------- | :---------------- | :------------------------------------------- | :----------------- | | 〇月〇日 15:00 | 会社の会議中、上司に資料の遅れを指摘された | 不安 80%, ゆううつ 60% | 「またやってしまった」「期待に応えられない」「評価が下がる」 | 視線を落とし、黙り込んだ | | 〇月〇日 21:00 | 自宅で一人、SNSを眺めていた | ゆううつ 70%, 劣等感 50% | 「みんな充実している」「自分は何をやっているんだろう」 | SNSを閉じて、ぼーっとした |
記録する際の注意点
- 完璧を目指さない: 最初は項目が全て埋まらなくても問題ありません。思いついたところから記録してみましょう。
- 正直に書く: 誰に見せるものでもないので、ご自身の正直な気持ちや思考をそのまま記録することが大切です。
- 定期的に見返す: 毎日記録をつけ、数日おきや1週間ごとに記録を見返してみましょう。
記録からパターンを見つける方法
数日から1週間程度記録をつけたら、それらの記録を見返してみましょう。以下の点に注目して、ご自身のパターンを探します。
- 特定の状況: どのような状況(場所、人物、時間帯、活動内容など)でネガティブな気分や思考が起こりやすいでしょうか。特定の会議、特定の人物との会話、自宅に一人でいる時などがトリガーになっているかもしれません。
- 共通する思考: ネガティブな気分になる時に、共通して浮かぶ考えや口癖のようなものはありますか。「〜べきだ」「どうせ〜だ」「自分は〜ではない」といった、繰り返し現れる思考パターン(認知の歪みと呼ばれることもあります)が見つかるかもしれません。
- 気分と行動のつながり: 特定の気分になった時、どのような行動をとりやすいでしょうか。落ち込んだ時に引きこもる、不安な時に衝動的に何かをする、イライラした時に八つ当たりしてしまうなど、気分と行動の間に特定のつながりがあることに気づくでしょう。
- 思考と気分のつながり: 特定の考えが浮かんだ時に、どのような気分になりやすいでしょうか。「自分はダメだ」という思考が浮かぶとゆううつになる、「どうせうまくいかない」と考えると不安になる、といったつながりが見つかるでしょう。
これらのパターンが見つかれば、それがあなたのネガティブ思考の「トリガー」や「習慣」である可能性があります。
見つけたパターンをネガティブ思考の改善に活かす
ご自身のネガティブ思考のパターンやトリガーに気づくことは、改善への大きな一歩です。パターンが分かれば、以下のような対策を考えることができます。
- トリガーとなる状況への準備: 特定の状況がトリガーだと分かれば、その状況に臨む前に心の準備をしたり、考え方や行動の対策を事前に立てたりすることができます。
- 思考に働きかける: 共通するネガティブな思考パターンが見つかったら、その思考が事実に基づいているか検証したり(証拠集め)、別の考え方(バランス思考)を探したりする、といった他のCBT技法に進む足がかりになります。
- 行動を変える: ネガティブな気分になった時にとりがちな行動が分かれば、その行動を別の建設的な行動に変えることを試みる(行動活性化)ことができます。
- トリガーからの距離: 特定の状況が頻繁にネガティブ思考を引き起こす場合、可能であればその状況から一時的に距離を置く、あるいは関わり方を変えるといった選択肢も検討できます。
まとめ
気分・行動記録ワークは、ネガティブ思考がどのように生まれ、どのような状況で強くなるのか、その個人的なパターンやトリガーを発見するための、シンプルながらも非常に有効なCBTのステップです。このワークを通じて、ご自身の思考、感情、行動のつながりを客観的に理解することで、「なぜかいつもこう考えてしまう」「この状況が苦手だ」といった漠然とした悩みに具体的な形を与えることができます。
記録を続ける中で見えてきたパターンは、ネガティブ思考の改善に向けた具体的なアクションプランを立てるための貴重な情報となります。まずは数日間でも試してみて、ご自身の心の動きを「見える化」することから始めてみるのはいかがでしょうか。この一歩が、ネガティブ思考との向き合い方を変えるきっかけになるかもしれません。