ネガティブ思考を客観視する練習:CBTで『思考と距離を置く』具体的なステップ
ネガティブな考えに囚われ、気分が落ち込んでしまうことはありませんか。頭の中で繰り返される「自分はダメだ」「どうせうまくいかない」といった思考に、現実味を感じて辛くなることもあるかもしれません。
しかし、これらのネガティブな思考は、必ずしも「真実」ではありません。認知行動療法(CBT)では、思考はあくまで思考であり、事実とは異なる場合があると考えます。そして、この思考と自分自身を切り離し、客観的に眺めることで、ネガティブな感情に振り回されにくくなることがわかっています。
この記事では、CBTで大切にされている「思考と距離を置く(脱中心化)」という考え方と、そのための具体的な練習方法をご紹介します。日々のネガティブ思考に悩まされている方が、少しでも心を楽にするための一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
なぜネガティブ思考に飲み込まれてしまうのか?
私たちはしばしば、頭の中に浮かんだ思考を無条件に信じてしまいます。例えば、「プレゼンで失敗したらどうしよう」という考えが浮かんだとき、その考えがまるで現実の危険であるかのように感じられ、強い不安を感じることがあります。
これは、思考と自分自身が一体化している状態です。CBTではこれを「認知フュージョン」と呼ぶことがあります。思考が真実、あるいは自分自身のアイデンティティの一部であるかのように感じられ、その思考の内容に強く影響を受けてしまう状態です。この状態では、ネガティブな思考が浮かぶたびに、それに伴うネガティブな感情(不安、悲しみ、自己嫌悪など)が強く引き起こされてしまいます。
しかし、思考は単なる「心の活動」です。空に雲が浮かび、流れていくように、思考もまた心に浮かび、そして消えていきます。思考は真実を語るものではなく、あくまで心が生み出した「考え」に過ぎません。この視点を持つことが、思考から距離を置く第一歩となります。
思考と自分を切り離す「脱中心化」とは
思考と自分を切り離す、つまり「思考と距離を置く」ことは、CBTにおける重要なスキルの一つです。これは、浮かんでくる思考を「真実」や「自分自身」として捉えるのではなく、「単なる思考」として客観的に眺める練習です。心理学では「脱中心化」と呼ばれることもあります。
脱中心化ができるようになると、ネガティブな思考が浮かんできても、それに感情が強く引きずられにくくなります。例えば、「私はダメな人間だ」という思考が浮かんでも、「ああ、『私はダメな人間だ』という考えが今頭に浮かんだな」と一歩引いて観察できるようになります。この観察によって、思考に価値判断を加えたり、感情的に反応したりするのではなく、単に通過していく現象として捉えることができるようになります。
これはネガティブ思考を「なくす」ことではありません。思考は自然に湧き上がってくるものですから、完全にコントロールすることは難しいものです。脱中心化は、思考をなくすのではなく、思考との付き合い方を変えるアプローチです。
思考と距離を置く具体的な練習方法
ここでは、思考と距離を置くための具体的なCBTに基づく練習方法をいくつかご紹介します。どの方法も手軽に始められますので、ご自身に合いそうなものから試してみてください。
練習1:思考に「〜と考えている」と付け加える
ネガティブな思考が浮かんできたら、その思考の前に「私は〜と考えている」という言葉を付け加えて声に出したり、心の中で唱えたりする練習です。
- 例:「私はダメだ」 → 「私はダメだと考えている」
- 例:「どうせうまくいかない」 → 「私はどうせうまくいかないと考えている」
- 例:「みんな私のことを嫌っているに違いない」 → 「私はみんな私のことを嫌っているに違いないと考えている」
この簡単な言葉の付け加えによって、思考そのものと、それを持っている自分自身との間にわずかなスペースが生まれます。思考が「事実」ではなく、あくまで「自分の心の中にある考え」であるという認識を促します。
練習2:思考にラベルを貼る
浮かんできた思考の種類に名前(ラベル)を付けて、客観的に観察する練習です。
- 例:「また失敗するかもしれない」 → (これは)不安の考え
- 例:「あの時こうすればよかった」 → (これは)後悔の考え
- 例:「上司に怒られるのではないか」 → (これは)予測の考え
- 例:「自分には能力がない」 → (これは)自己批判の考え
このようにラベルを貼ることで、思考の内容そのものに深く入り込むのではなく、「ああ、今自分はこういう種類の考えを持っているんだな」と冷静に認識することができます。思考を分類する箱に入れるようなイメージです。
練習3:思考を視覚化して流すイメージを持つ
浮かんできた思考を、心の中で具体的なイメージに乗せて流していく練習です。
- 雲に乗せる: 思考が一つ一つ雲に乗って、空をゆっくり流れていく様子を想像します。思考はそこにありますが、自分から離れて遠ざかっていきます。
- 葉っぱに乗せる: 川の流れに浮かぶ葉っぱの上に思考を一つずつ乗せて、下流に流れていく様子を想像します。
- 電車に乗せる: 駅のホームで電車が到着し、乗客である思考が乗り込み、電車がそのまま走り去っていく様子を想像します。
これらのイメージは、思考が一時的なものであり、心の中に留まり続けるわけではないことを体感的に理解する助けになります。思考に囚われず、ただ観察して見送る練習です。
練習4:ネガティブ思考を書き出す(ブレインダンプ)
頭の中でぐるぐる考えてしまうネガティブ思考を、紙やスマートフォンのメモに全て書き出してみる練習です。
思いつくまま、止めずにどんどん書き出します。書き出した後で、その文章を声に出して読んでみたり、少し時間をおいてから読み返してみたりします。
頭の中にある時は強烈に感じられた思考も、外に出して「文字」として客観的に見ることで、意外と論理的でなかったり、感情的な表現が多いことに気づいたりします。思考を「自分自身」から切り離し、「紙の上にあるもの」として捉えることで、冷静さを取り戻しやすくなります。
練習を続ける上での注意点
- 完璧を目指さない: これらの練習は、思考を完全にコントロールしたり、ネガティブな感情を一切感じなくしたりするためのものではありません。練習の目的は、ネガティブ思考に巻き込まれそうなときに、意識的に距離を取るスキルを身につけることです。
- 焦らない: 練習を始めてすぐに効果を感じられないこともあります。新しいスキルを習得するには時間がかかるものです。継続することが大切です。
- 自分に合う方法を見つける: 紹介した方法の中で、特にやりやすいと感じるもの、効果がありそうだと感じるものから試してみてください。いくつか試してみて、自分に合った方法を見つけることも重要です。
- 自己批判しない: 「うまくできない」「やっぱりネガティブに考えてしまう」と自分を責めないでください。練習そのものが一歩前進です。できたこと、気づけたことに注目しましょう。
まとめ
ネガティブ思考に悩まされることは、決してあなただけではありません。そして、その思考に振り回されずに、心を穏やかに保つための方法は存在します。
この記事でご紹介した「思考と距離を置く」ためのCBTの具体的な練習は、ネガティブな思考を「事実」や「自分自身」と捉えるのではなく、「単なる心の活動」として客観的に眺めるスキルを養うものです。
「〜と考えている」と付け加える、思考にラベルを貼る、思考を視覚化して流す、思考を書き出すといった練習を日常生活の中で意識的に取り入れてみてください。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返し行うことで、ネガティブ思考に飲み込まれそうなときに、一歩立ち止まって状況を冷静に判断できるようになっていくはずです。
これらの練習が、あなたの思考スイッチをポジティブな方向へ切り替えるための一助となれば幸いです。