漠然とした不安に具体的な対策を:CBTで『解決可能な問題』として捉え直すステップ
日々の生活の中で、特に理由がはっきりしないのに漠然とした不安を感じ、気分がすぐれないことはありませんか。将来のこと、仕事のこと、人間関係のことなど、具体的な心配事があるわけではないのに、心に重くのしかかるような感覚に悩まされている方もいらっしゃるかもしれません。
このような漠然とした不安は、具体的な原因や対象が見えにくいため、どのように対処すれば良いのか分からず、一人で抱え込んでしまいがちです。しかし、認知行動療法(CBT)の考え方を取り入れることで、この捉えどころのない不安に形を与え、少しずつ対策を考え始めることが可能になります。
この記事では、漠然とした不安をCBTの視点から「解決可能な問題」として捉え直し、具体的な対策を立て始めるためのステップをご紹介します。
漠然とした不安が私たちを悩ませる理由
具体的な原因がはっきりしている不安(例:「明日のプレゼンがうまくいくだろうか」)は、それに対する準備をする、練習を重ねる、といった具体的な対策を考えやすい側面があります。
一方で、漠然とした不安は、対象が曖昧であるために「何を心配しているのか自分でもよく分からない」という状態になりやすいです。この「分からない」という状態が、さらに不安を増幅させたり、思考を堂々巡りさせたりする原因となります。
CBTでは、私たちの感情や行動は「考え方(認知)」と密接に関わっていると考えます。漠然とした不安も、何らかの「考え方」や「思考パターン」と結びついている可能性があります。そして、どんなに捉えどころのない不安でも、それを「考えるべき問題」として捉え直すことで、対処の糸口が見えてくることがあります。
ステップ1:漠然とした不安を『見える化』する
まず最初の一歩は、漠然とした不安を「見える化」することです。頭の中でぐるぐる考えているだけでは、不安の全体像やパターンが見えにくいため、紙に書き出すことをお勧めします。
不安を感じた時や、漠然とした不安に気づいた時に、以下の点を簡単にメモしてみましょう。
- いつ、どんな状況で不安を感じたか: 例えば、「通勤中に」「仕事の休憩時間にSNSを見ていたら」「夜寝る前に」など。
- その時、頭にどんな考えが浮かんでいたか: たとえ漠然としていても、「このままで大丈夫かな」「将来が不安だ」「何か嫌なことが起こりそう」など、ぱっと思い浮かんだ考えをそのまま書き出します。
- どんな気持ちになったか: 「落ち着かない」「そわそわする」「ゆううつだ」「心配だ」など、率直な気持ちを書き留めます。
- 体にどんな変化があったか: 「肩がこる」「息苦しい」「お腹が痛い」「胸がざわざわする」など、体の感覚に意識を向けます。
- どんな行動をとったか、あるいはとりたくなったか: 「何も手につかなくなった」「やけ食いしたくなった」「人との関わりを避けたくなった」など、行動や行動への衝動を書き出します。
これはCBTでいう「気分記録」や「思考記録」の簡易版です。継続することで、漠然としていた不安が、特定の状況や思考パターンと結びついていることに気づくきっかけになります。
ステップ2:『見える化』した不安の中から焦点を当てる問題を選ぶ
ステップ1で見える化した不安の記録をいくつか見返してみましょう。いくつかの記録を比べてみると、特定の状況で似たような不安を感じていたり、同じような考えが繰り返されていたりすることに気づくかもしれません。
漠然とした不安は一度に全てを解決しようとするのが難しいものです。そこで、書き出した記録の中から、「これなら少し掘り下げて考えても良いかな」と思える不安や状況を一つ選んでみましょう。
例えば、「仕事の将来について考える時に、漠然とした不安を感じやすい」というパターンが見つかったとします。この「仕事の将来に対する不安」を、今回の焦点を当てる「問題」として設定します。
もし、特定のパターンが見つからない場合でも大丈夫です。直近で最も強く感じた漠然とした不安や、最も気になっている不安を選んでみましょう。
ステップ3:選んだ不安を『解決可能な問題』として定義する
ステップ2で焦点を当てる不安を選んだら、次にそれを「解決可能な問題」として具体的に定義する練習をします。
漠然とした不安は「なんとなく全てが不安」という状態ですが、これを「〇〇という状況で、△△という具体的な事柄について不安を感じている」という形に整理します。
例えば、「仕事の将来に対する漠然とした不安」をより具体的に定義してみましょう。
- 漠然とした状態: 「なんか、このまま今の仕事を続けてて大丈夫なのかな…将来が不安だな…」
- 解決可能な問題として定義する練習:
- 「『今の仕事をこのまま続けること』について不安を感じている」
- 「具体的には『5年後、10年後に今のスキルが通用しなくなるのではないか』という点に不安を感じている」
- 「さらに具体的には、『AIの発達によって自分の仕事がなくなるのではないか』という可能性に対して不安を感じている」
このように、不安の対象を具体的に絞り込んでいくと、漠然とした「全てが不安」という状態から、「AIの発達に対するスキル不足の可能性」という、より具体的な「問題」として捉えることができるようになります。
問題を具体的に定義する際には、以下の点を意識してみましょう。
- 具体的であること: 曖昧な表現を避け、誰にでも分かるような言葉で表現します。
- 現実的であること: 非現実的な心配ではなく、現実的に起こりうる可能性のある事柄に焦点を当てます。
- 実行可能であること(問題解決に向けて): 将来的に何らかの対策を考えられる可能性のある事柄を選びます。
このステップは、不安を「感情」として捉えるだけでなく、「解決すべき課題」として認識するための重要なプロセスです。
ステップ4:定義した問題に対する『具体的な対策』を考える
問題を「〇〇という状況で、△△について不安を感じている」という具体的な形で定義できたら、次にその問題に対する「具体的な対策」を考え始めます。
ここでは、CBTで用いられる問題解決スキルの最初の段階、「解決策のリストアップ」を行います。定義した問題に対して、「どんな対策が考えられるだろうか?」と自由に発想を広げます。
ステップ3の例(問題:「AIの発達によって自分の仕事がなくなるのではないかという可能性に対する不安」)を使って考えてみましょう。
この問題に対する対策として、どんなことが考えられるでしょうか。どんな些細なことでも構いません。
- AIや最新技術について学ぶための情報を集める。
- 関連するスキルアップのためのオンライン講座を探す。
- 社内の詳しい人に話を聞いてみる。
- 全く別の業界の情報を調べてみる。
- キャリア相談サービスを利用する。
- 不安を和らげるために、週末は仕事から離れてリフレッシュする。
- 同じ不安を感じている同僚と話してみる。
このように、思いつく限りの対策をリストアップしていきます。この段階では、その対策が実行可能かどうか、効果があるかどうかは考えなくて構いません。自由な発想で、たくさんのアイデアを出すことが大切です。
多くの選択肢を書き出すことで、「この問題に対して、自分にはこれだけのアプローチがあるんだ」という気づきが得られ、漠然とした不安に伴う無力感が和らぐことがあります。
ステップ5:対策のリストから『最初の一歩』を選ぶ
たくさんの対策のアイデアがリストアップされたら、その中から「これなら試してみても良いかな」「まずはこれからやってみようかな」と思えるものを選んでみましょう。
すべての対策を一度に実行する必要はありません。そして、最も効果的な対策を選ぶ必要もありません。大切なのは、漠然とした不安に対して「何らかの具体的な行動を始める」という一歩を踏み出すことです。
選ぶ際のヒント:
- 最も簡単に始められるもの: ハードルが低いものから取り組むと、挫折しにくく、成功体験を積みやすいです。
- 少しでも気分が変わりそうなもの: 行動することで、気分が少しでも上向く可能性のあるものを選びます。
- 知的好奇心を刺激するもの: 不安の背景にある事柄について、純粋に興味を持って学べるような対策を選ぶのも良い方法です。
例えば、先ほどのリストから「AIや最新技術について学ぶための情報を集める」という対策を選んだとします。さらにこれを小さく分けて、「まずはニュースサイトでAI関連の記事を週に1つ読んでみる」という具体的な「最初の一歩」を設定します。
このように、大きな対策をさらに小さなステップに分解することで、「これならできそうだ」という実行可能なレベルに落とし込むことができます。
練習を重ねることが大切
漠然とした不安を具体的な問題として捉え直し、対策を考え始めるプロセスは、慣れるまで時間がかかるかもしれません。最初から完璧にできなくても全く問題ありません。
大切なのは、このステップを繰り返し練習することです。練習を重ねることで、漠然とした不安に囚われそうになった時に、「これはどんな不安だろう?」「何が問題なのかな?」「何かできることはないかな?」と、落ち着いて思考を整理し、対処を考える習慣が身についていきます。
CBTは、このように思考や行動のパターンを変えるためのツールです。漠然とした不安に悩む時、このステップを試してみてはいかがでしょうか。小さな一歩を踏み出すことで、不安との付き合い方が少しずつ変わっていくかもしれません。